長年、運動後のストレッチは、疲労回復手段として行われてきました。最近の研究により、スタティックストレッチが回復にいくつかの有益な効果をもたらすことが示されています。これらの効果には、微量でも筋肉痛の軽減、柔軟性の増加、局所的な血流の増加、神経興奮性の低下などが含まれます。そのため、スタティックストレッチは滑走後のコンディショニングに非常に有益で、リカバリーに役立つ可能性があります。
ストレッチとは
ストレッチングは、筋腱構造に適度な力を加えて筋の長さを伸ばすことです。これは主に、関節の動きをスムーズにしたり、硬さや痛みを和らげたり、身体を運動に備えさせることを目的として行われます。
ストレッチにはいろいろな種類があります。スタティック(静的)ストレッチは、もっとも一般的に行われているストレッチで、運動後のクールダウンの手順でよく推奨されるコンディションエクササイズです。
スタティックストレッチから得られる3つのベネフィット+α
血流促進(リバウンド効果)による疲労回復
スタティックストレッチをしている間は、血流や毛細血管領域への酸素供給、筋肉への赤血球の速度が減少します 。ストレッチによって筋肉に加わる機械的な緊張が血管を圧縮・伸長させるため、と言われています。しかし、ストレッチを解除した直後、血流はストレッチ前のレベルを大幅に上回り増加します。
そのため、スタティックストレッチは筋肉の血流にリバウンド効果をもたらす可能性が考えられます。つまり、ストレッチ中は血流が減少しますが、その後急速に増加します。一時的に血流を減らし、その後増加させることで、代謝物質を除去しながら栄養素の供給も改善され、回復が促進される可能性があります。
副交感神経の調節
自律神経系は、交感神経系(SNS)と副交感神経系(PSNS)2つの枝から成り立っています。
交感神経系(SNS)は「興奮・活動モード」の時に優位になります。対して副交感神経系(PSNS)は「休息・消化モード」で優位になります。そのため、SNSは心拍数を増加させますが、PSNSは心拍数を低下させます。基本的に、PSNSはSNSの興奮や準備状態を打ち消すことで、滑走後の回復を促進します。
PSNSは全身のリラクゼーションと関連していて、PSNSの活動を低下させるコンディショニングは、滑走後の疲労回復、適応能力のリカバリーに重要となります。
スタティックストレッチは、心拍数の変動などの心臓活動の変化によって測定されるPSNSの調節を短期的(同日)および長期的(複数週間)の両方で増加させることが判っています。例えば、毎日15分間、28日間続けてスタティックストレッチを行うと心拍数の変動が改善されます。その結果、スタティックストレッチはPSNSの活動を増加させ、それによって回復が促進されます。
可動域回復(柔軟性)
柔軟性は通常、関節や脊椎などの一連の関節の可動範囲を指します。特に運動後には、静的または収縮前のストレッチ技術が関節の柔軟性を向上させるために頻繁に使用されます。柔軟性を向上させるために一般的に使用される「ストレッチ」と、「可動域」エクササイズと呼ばれる「可動性(モビリティ)」エクササイズとの間には違いがあります。
運動後のストレッチは柔軟性を向上させるためではなく、運動前の可動域を回復するために最も頻繁に行われていて、関節の柔軟性を改善できることが様々な研究で明らかになっています。
最新の質の高いエビデンスは、ストレッチによって組織の長さではなく、筋腱ユニットの硬さを減少させ可動域を改善させることが判ってきました。さらに、スタティックストレッチが組織の硬さに関連する機械的要因(受動的な束の長さと角度)を変化させることによって柔軟性を向上させることも実証されてきています。
さらに、スタティックストレッチは神経の興奮性を16-88%も減少させるようです。これは脊髄反射およびH反射反応の変化によって観察されます。柔軟性の向上は、神経興奮性の低下にも起因すると考えられます。その結果、スタティックストレッチは、筋腱ユニットの機械的構造(筋束の長さと角度)を変化させることに加えて、神経の興奮性を低下させることによって柔軟性を向上させる可能性もあります。
筋肉痛
滑走後の筋肉痛を軽減することを期待してストレッチをする方が多いと思いますが、2,500人以上を対象にした大規模なメタ分析(エビデンスの中では最も信頼度の高い研究)で、運動後のストレッチが筋肉痛緩和の影響について調査されました。その結果、運動後のストレッチは筋肉痛を1-4ポイントだけ軽減する効果がある、ということでした(100点満点中で1-4%の改善)。この数値は統計的に有意であるものの、スタティックストレッチによる筋肉痛改善の効果は非常に小さいということになります。ただし、全く効果が無いわけではないので、スタティックストレッチをすることは大切です。
筋肉痛を改善するには、リリースガンやマッサージ、フォームローリングの方が効果が高いとするエビデンスが多いので、スタティックストレッチと組み合わせるとより効果が期待できます。
まとめ
スタティックストレッチは、滑走後の筋肉痛の軽減にはほとんど効果がありません。しかし、スタティックストレッチは副交感神経系の活動を増加させるため、疲労回復を促進する効果があります。
また、スタティックストレッチは、筋腱ユニットの機械的特性に変化を引き起こし、神経の興奮性を低下させることにより、柔軟性を向上させる効果があると考えられます。
さらにスタティックストレッチでは最初は血流、毛細血管領域の酸素供給、筋肉への赤血球の流れが低下しますが、ストレッチ後は大幅に増加するため、疲労回復には非常に大切なコンディションエクササイズとなります。
S-CHALLENGE Training Program Works では、完全オーダーメイドの個別化トレーニングプログラムの作成・配信サービス「プログラムサポート」を全国のクライアント様に展開しています。事前に提供していただいたトレーニング履歴や受傷履歴などの個人情報や利用可能なトレーニング環境、ライフスタイル、トレーニングおよび体力レベルに応じたプログラム作成をしています。適切なプログレッシブオーバーロードを個別プログラムに反映させながら、トレーニングの成果をパフォーマンス向上やカラダの機能的向上につなげています。「プログラムサポート」サービスに関するご質問・お問い合わせはお気軽にこちらのWEBフォームをご利用ください。
参考文献
Low-load prolonged stretch vs. high-load brief stretch in treating knee contractures 1984
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6366834/
Vibration and stretching effects on flexibility and explosive strength in young gymnasts 2008
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18091012/
Neurophysiologic influences on hamstring flexibility: a pilot study 2001
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11753061/
Stretching for performance enhancement 2006
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16640950/
An acute bout of self-myofascial release increases range of motion without a subsequent decrease in muscle activation or force 2013
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22580977/
Effect of foam rolling and static stretching on passive hip-flexion range of motion 2014
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24458506/
The Effect of Foam Rolling Duration on Hamstring Range of Motion 2015
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26587061/
In vivo microvascular structural and functional consequences of muscle length changes 1997
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9176275/
Stretching to prevent or reduce muscle soreness after exercise 2007
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17943822/
The Effects of Stretching Training on Cardiac Autonomic Function in Obese Postmenopausal Women 2017
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28323625/
Acute effects of stretching exercise on the heart rate variability in subjects with low flexibility levels 2011
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21386722/
Prenatal stretching exercise and autonomic responses: preliminary data and a model for reducing preeclampsia 2010
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20618595/
The influence of small fibre muscle mechanoreceptors on the cardiac vagus in humans 2005
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15946971/
Stretching increases heart rate variability in healthy athletes complaining about limited muscular flexibility 2004
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15045595/
Low-load prolonged stretch vs. high-load brief stretch in treating knee contractures 1984
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6366834/
Responses to static stretching are dependent on stretch intensity and duration 2014
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25164268/
The effect of warm-up, static stretching and dynamic stretching on hamstring flexibility in previously injured subjects 2009
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19371432/
Regular stretch does not increase muscle extensibility: a randomized controlled trial 2010
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19497032/
Stretching exercises: effect on passive extensibility and stiffness in short hamstrings of healthy subjects 1994
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8085933/
Changes in H-reflex amplitude to muscle stretch and lengthening in humans 2016
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27089411/
Evidence for improved systemic and local vascular function after long-term passive static stretching training of the musculoskeletal system 2020
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32613634/
S-CHALLENGE Training Program Works 代表/フィジカルトレーナー
ファンクショナルトレーニングと筋力トレーニングを統合したトレーニングメソッドで、アスリートやスポーツ大好きな社会人クライアントの動作と機能を高めるサポートを展開。日本スポーツ協会 公認アスレチックトレーナー(JSPO-AT)、全米スポーツ医学アカデミー 公認コレクティブエクササイズスペシャリスト(NASM-CES)