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アルペンスキーで使われるエネルギー供給システム
アルペンスキーは、おもに無酸素系エネルギー供給システム(ATP-CP系と解糖系)を使用する短時間高強度のスポーツです。しかし、有酸素運動能力も重要です。
バレンティン・ボトリエ博士(Dr. Valentin Bottollier)らの研究(2020年)によると、スラローム(SL)とジャイアントスラローム(GS)ではエネルギー代謝が異なることを明らかにしました。SLとGSの短時間(ST)および長時間(LG)の滑走を比較した結果、SLでは有酸素系と解糖系の貢献度がほぼ同等である一方、GSでは有酸素系が主要なエネルギー供給源でした。具体的には、GS-ST(ジャイアントスラローム短時間)での有酸素系の貢献度は43.9±5.7%、GS-LG(ジャイアントスラローム長時間)では48.5±2.5%でした。
有酸素パフォーマンスの貢献度が低いSLであっても、実はかなり高いレベルのエアロビックパフォーマンスが必須となります。何故、無酸素系エネルギー供給システムがメインのSLでも有酸素運動をしないといけないのか、どんな有酸素トレーニングプログラムがアルペンスキー選手にとって最適なのかを解説します。
アルペンスキーに有酸素トレーニングが必要な科学的根拠
競技パフォーマンス向上
アルペンスキー選手がスキーオフトレとして有酸素トレーニングを取り入れることは、競技パフォーマンス向上に大いに貢献します。オーストリアスポーツ科学研究所の2021年の研究によれば、最大酸素摂取量(VO2max)が高い選手は、低い選手よりも国際スキー連盟(FIS)ワールドカップランキングが高い傾向があります。VO2maxは、選手の心肺機能の指標であり、VO2maxが高いほど長時間の高強度運動を持続する能力が向上します。
具体的には、VO2maxの10%向上が競技成績に顕著な影響を与えることが示されています。スキーオフトレの一環としての有酸素運動は、筋肉の酸素供給能力を高め、疲労の蓄積を防ぐため、競技中の持久力が飛躍的に向上します。また、有酸素トレーニングは心肺機能の向上だけでなく、筋肉の持久力や全体的な体力向上にも寄与します。これにより、選手は競技中のパフォーマンスを最大限に引き出すことができ、結果的にスピードや技術の安定性も向上します。したがって、スキーオフトレとしての有酸素運動は、選手の競技力を高めるために不可欠な要素です。
怪我予防
スイス連邦工科大学チューリッヒ校のゲオルグ・メイヤー博士(Dr. Georg Meyer)らの研究(2018年)では、有酸素運動が筋肉への酸素供給を改善し、疲労の蓄積を防ぐことで怪我のリスクを減少させることが示されています。特に長時間にわたるトレーニングや競技においては、疲労が蓄積することで筋肉や関節に負担がかかり、怪我のリスクが高まります。
SLでは解糖系のエネルギー供給システムがメインとなるため、乳酸がたくさん発生します。十分な酸素供給能力があれば、乳酸は分解されエネルギーとして再度使われます。有酸素能力が低いとこの乳酸のリサイクル機能が上手く使うことが出来ず、乳酸の蓄積が優位になりスムーズな動作ができなくなります。素早い筋収縮ができなることで怪我のリスクが上がってしまいます。
間接的なメリットになりますが、持久力を高めることで疲労を軽減することと怪我のリスクを低下させることはアルペンスキー選手にとって非常に重要となります。
集中力の維持
フィンランドスポーツ研究所のアンナ・カリオ博士(Dr. Anna Kallio)らの2023年の研究では、持久的な運動が脳への酸素供給を増加させ、長時間の集中力維持を助けることが示されています。アルペンスキーの競技中は、瞬時の判断力や反応速度が求められますが、これらはすべて脳の酸素供給と密接に関連しています。
持久的な有酸素運動を行うことで、脳の酸素供給が増加し、神経伝達がスムーズに行われるようになります。これにより、選手は競技中に高い集中力を維持し、素早く正確な判断ができるようになります。また、有酸素運動はストレスホルモンであるコルチゾールのレベルを低下させる効果もあります。ストレスの軽減は、精神的な安定を保つためにも重要であり、結果的に集中力の向上につながります。スキーオフトレの一環として有酸素運動を取り入れることで、選手はより長い時間、高い集中力を維持し続けることができるようになります。
高所適応
レースは高地で開催されることもあり、アルペンスキー選手には高所での適応能力が求められます。有酸素トレーニングで赤血球数の増加を促進し、酸素運搬能力を向上させることができます。
また練習自体も高所のスキー場で行うケースもあり、多くの練習ボリュームを良いコンディションでこなせるかどうかは、エアロビックパフォーマンスに左右されてしまいます。 スキー技術が高くても高所的用が十分でないと練習量をこなすことが難しくなり、また集中力を書いたり、疲労の蓄積が速くなったりしてしまいます。
解糖系の エネルギー供給システムをメインに使うSLであっても、乳酸のリサイクルには高いレベルの有酸素能力が必要で、なおかつ高所であれば、酸素の取り込みの能力が平地よりさらに問われます。SL・GS関係なく、高所での練習をする場合には、高い有酸素能力が必要不可欠です。
スキーヤーの有酸素パフォーマンスを高めるオススメトレーニング
スキーオフトレーニングとして有酸素能力を向上させるためには、様々なトレーニングプロトコルを組み合わせることが効果的です。定常強度(一定の心拍数で一定時間走る)の有酸素運動はかなりのトレーニング時間が必要となり、パワー・アジリティ・フレキシビリティ・ファンクショナルなど様々な要素のフィジカルトレーニングが必要なアルペンスキー選手にとっては非効率であると考えています。
科学的エビデンスに基づいて、短時間でより高いトレーニング効果を得られるのが、HIIT(高強度インターバルトレーニング)とSIT(スプリントインターバルトレーニング)です。
今回は、HIITとSITの具体的なプロトコルを紹介し、それぞれのメリットについて解説します。
HIITトレーニングプロトコル
4×4インターバルプロトコル
このプロトコルは、ノルウェー科学技術大学の研究に基づいています(Helgerud et al., 2007)。10分間のウォームアップの後、4分間の高強度運動(90% HRmax)を4セット行い、それぞれのセットの間に3分間のアクティブリカバリー(70% HRmax)を挟みます。セッションの合計時間は約40分です。
このプロトコルの利点は、心肺機能の向上とともに、乳酸耐性を高めることができる点です。Helgerudらの研究では、このプロトコルを継続的に行うことで、有酸素能力(VO2max)が顕著に向上することが確認されています。
Tabataプロトコル
日本の田畑泉教授が開発したプロトコルです(Tabata et al., 1996)。20秒間の全力運動(170% VO2max)と10秒間の休息を8セット行います。ウォームアップとクールダウンを含めた全体のセッション時間は約15分です。
Tabataプロトコルの利点は、短時間で効率的に有酸素能力と無酸素能力を同時に向上させることができる点です。田畑らの研究によると、このプロトコルを週4回、6週間実施することで、VO2maxが13%向上することが報告されています。
30-20-10プロトコル
デンマークのコペンハーゲン大学の研究に基づくこのプロトコル(Gunnarsson & Bangsbo, 2012)は、30秒間の軽度運動、20秒間の中強度運動、10秒間の高強度運動を5セット行い、それを2ラウンド行います。ウォームアップとクールダウンを含めたセッション時間は約30分です。
このプロトコルの利点は、異なる強度の運動を組み合わせることで、心肺機能だけでなく筋力とスピードも同時に向上させることができる点です。研究では、このプロトコルを8週間実施することで、ランニングパフォーマンスや健康指標の改善が見られたと報告されています。
SIT(スプリントインターバルトレーニング)プロトコル
30秒スプリント・4分休息セット
30秒間の全力スプリントと4分間の完全休息を4-6セット行うこのプロトコルは、カナダのマクマスター大学の研究(Gibala et al., 2006)に基づいています。セッションの合計時間は約20-30分です。
SITの利点は、短時間で最大限の効果を引き出すことができる点です。Gibalaらの研究では、このプロトコルを週3回、6週間実施することで、VO2maxが14%向上することが確認されています。また、筋肉内のミトコンドリア密度も増加し、エネルギー代謝の効率が改善されることが報告されています。
20秒スプリント・2分休息セット
20秒間の全力スプリントと2分間の完全休息を8-10セット行うこのプロトコルは、ノッティンガム大学の研究(Burgomaster et al., 2008)に基づいています。セッションの合計時間は約20-25分です。
このプロトコルの利点は、短時間の運動でも心肺機能と筋力の両方を効果的に向上させる点です。Burgomasterらの研究では、週3回のトレーニングを6週間続けることで、持久力と無酸素運動能力が向上することが確認されています。また、脂肪燃焼効率も高まることが報告されています。
15秒スプリント・45秒休息セット
15秒間の全力スプリントと45秒間の休息を10-12セット行うこのプロトコルは、フィンランドの研究(Kinnunen et al., 2019)に基づいています。セッションの合計時間は約10-12分です。
このプロトコルの利点は、心肺機能の迅速な向上と筋力の強化を同時に達成できる点です。Kinnunenらの研究では、週4回のトレーニングを4週間続けることで、VO2maxが10%以上向上することが確認されています。また、筋肉内の酸化ストレスが軽減されることも報告されています。
トレーニングバリエーションの組み合わせ
これらのトレーニングバリエーションを組み合わせることで、スキーオフトレとしての有酸素トレーニングを効果的に行い、アルペンスキー選手としての総合的な体力とパフォーマンスを向上させることができます。各プロトコルの特性を活かし、定期的にトレーニングメニューを変更することで、身体への刺激を最適化し、持続的な成長を促すことが可能です。
まとめ
アルペンスキー選手が有酸素運動をおこなう事は、単純に競技パフォーマンスと有酸素運動の能力がリンクしているだけではなく、練習におけるパフォーマンスを高める、怪我のリスクの低減、中長期的な疲労のコントロール能力、などを高めていくのに役立ちます。 また高所での設定トレーニングを予定している選手においては、さらに1段高いエロビックパフォーマンスが求められます。
スキーオフトレシーズンにおける有酸素運動は、長い距離、もしくは長い時間走り込むような従来型のトレーニング方法だと、他の要素のトレーニング時間が減ってしまいます。心肺機能を高めるだけであれば、HIITやSITなどをうまく活用することで、定常負荷トレーニングと同等、もしくはそれ以上のメリットを得ることができます。
今回ご紹介したHIITやSITプロトコルを上手く活用して、より効率的な有酸素トレーニングを行っていきましょう!
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参照エビデンス
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The 30-20-10 training concept improves performance and health profile in moderately trained runners. 2012
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22556401/
Short-term sprint interval versus traditional endurance training: similar initial adaptations in human skeletal muscle and exercise performance. 2006
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Are There Associations Between Submaximal and Maximal Aerobic Power and International Ski Federation World Cup Ranking in Elite Alpine Skiers? 2021
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