スポーツサイエンスやフィットネスの分野では、ストレングス(筋力)、バランス、スピード、持久力など、さまざまなトレーニング要素が頻繁にテーマとして上げられます。他にもたくさんのトレーニング要素がありますが、特に「モビリティ(可動性)」と「フレキシビリティ(柔軟性)」という2つの用語は境界が少し曖昧なので、混同して理解されたり、トレーニングしていたりします。
よく「モビリティ(可動性)は主動的であり、フレキシビリティ(柔軟性)は受動的である」と簡略的な説明を見聞きしますが、実は少し異なります。
モビリティ(可動性)とフレキシビリティ(柔軟性)の違いを詳しく見てみると、両者は得られるトレーニング効果やトレーニング方法が異なるだけでなく、どちらもスポーツパフォーマンスや日常の健康維持において、非常に重要であることが分かります。
それぞれの主な違いと、自分はどちらを重視してトレーニングすべきなのか、そして具体的なエクササイズにはどんなものがあるのか、解説していきます。
目次
フレキシビリティ(柔軟性)とは?
フレキシビリティ(柔軟性)は「筋肉または筋肉群が可動範囲を通じて受動的に伸長する能力」になります。筋肉をゴムに例えるなら、ゴムの伸びる能力がフレキシビリティ(柔軟性)になります。 硬いゴムは簡単に伸ばすことはできません。 柔らかいゴムの方が伸びやすくフレキシビリティ(柔軟性)が高い、と言うことになります。
フレキシビリティ(柔軟性)能力を向上させる一番身近で手軽なエクササイズは「静的ストレッチ(スタティックストレッチ)」です。筋肉の柔軟性向上については2024年に発表されたメタ分析でも明らかにされているように、動的ストレッチ(ダイナミックストレッチ)よりも静的ストレッチ(スタティックストレッチ)の方がフレキシビリティ(柔軟性)能力向上には効果的です。
ただし、フレキシビリティ(柔軟性)を高めても直接的な怪我の予防には繋がらないことは過去のいくつかのエビデンスで明らかになっています。柔軟性が高くなったとしても怪我を予防できるわけではない、ということです。
しかしながら、フレキシビリティ(柔軟性)能力の低下は怪我の発生因子の1つになります。カラダが柔らかければ怪我をしない、ということではないけれども、カラダが硬いと怪我に繋がる、ということです。従って、継続的なフレキシビリティ(柔軟性)の向上はスポーツパフォーマンスや健康維持のためには非常に重要な取り組みになります。
そして、フレキシビリティ(柔軟性)が高まると筋肉の柔軟性が向上するので、毛細血管が発達しやすくなり、その結果、血液循環や筋肉への酸素供給を増やし、有酸素運動のパフォーマンス向上につながります。
モビリティ(可動性)とは?
モビリティ(可動性)は「自由かつスムーズに動くことが出来る能力」になります。柔軟性、可動範囲、ストレングス、コーディネーション、バランス、神経系内の運動制御などの多岐にわたる要素を含んでいます。
モビリティ(可動性)には、フレキシビリティ(柔軟性)の要素も含まれ、フレキシビリティ(柔軟性)よりも、動作のパフォーマンス自体を注目した能力になります。「関節が可動範囲を通じて能動的に動く能力」、とも言えます。
フレキシビリティ(柔軟性)は関節も大きく関係していますが、筋肉の柔軟性が主体です。モビリティ(可動性)は柔軟に筋肉を動かす能力を指しているので、筋肉や関節を動かすための筋力やコントロールする神経伝達系、主動関節の機能性も非常に重要となります。
専門用語が多くなるとスポーツ選手やアスリートに必要な特別な能力、のように思われてしまいますが、モビリティ(可動性)は座る、立つ、歩くなどの基本的な日常生活動作においても非常に重要です。特定の関節のモビリティ(可動性)が低いと代償動作が生じやすく怪我のリスクが高まります。
例えば、膝や足首のモビリティ(可動性)が低下していると転倒しやすくなります。単純に膝関節や足関節の静的ストレッチ(スタティックストレッチ)をおこなって可動域を向上させて、フレキシビリティ(柔軟性)を高めても、 転倒予防のリスクを減らすことはできません。
転倒リスクを減らすためには、静的ストレッチ(スタティックストレッチ)に加えて、必要な筋力トレーニングやバランストレーニング、コーディネーション、機能的動作トレーニングなど統合的にモビリティ(可動性)を高めるためのプログラムが必要となります。
フレキシビリティ(柔軟性)に影響を与える要因
フレキシビリティ(柔軟性)に影響を与える主な要素には以下のものがあります。先天的な要素も多いので、フレキシビリティ(柔軟性)能力を高めるためには、これらをしっかり理解した上で取り組む必要があります。
- 遺伝:先天的なカラダの柔軟性に影響します。
- 年齢:通常、フレキシビリティ(柔軟性)は加齢とともに低下しやすくなります。
- 怪我:怪我が生じると痛みや瘢痕組織などにより、関節の可動域が制限される場合があります。
- ホルモン:妊娠ホルモンは体内の結合組織の弾力性を高める可能性があります。
- 性別:女性は男性よりも柔軟性が高い傾向があります(生活スタイルや日常動作に影響します)。
モビリティ(可動性)に影響を与える可能性のある要因
モビリティ(可動性)に影響を与える主な要素には以下のものがあります。一般の方であれば生活動作の量や質、トレーニングしている人やアスリートであれば、トレーニングレベルや競技レベルなどが大きく影響します。
- 関節構造:異なる種類の関節により、異なる動きが可能になります。
- 年齢:通常、関節のモビリティ(可動性)は加齢とともに低下します 。
- 軟部組織の柔軟性:筋肉、腱、靭帯の適切な弾力性は、あらゆる範囲の動きに不可欠です。軟部組織の原材料となる栄養素や成長・修復に必要な栄養素の摂取量も大きく影響します。
- 全体的な健康状態:健康状態が悪ければ必要な運動ができなかったり、特定の動作が行われなかっりすることで、モビリティ(可動性)に影響を与える可能性があります。
- 脂肪・筋肉量:過剰な脂肪または過剰な筋肉は動きに影響を与える可能性があります。
フレキシビリティ(柔軟性)とモビリティ(可動性)の類似点と相違点
モビリティ(可動性)とフレキシビリティ(柔軟性)は同義語ではありませんが、共通点があります。フレキシビリティ(柔軟性)はモビリティ(可動性)の一部で、モビリティ(可動性)はフレキシビリティ(柔軟性)によって制限されることがあります。
そして、モビリティ(可動性)とフレキシビリティ(柔軟性)の主な違いは、筋肉を可動範囲内で制御しながら動かす際には筋力と正しい動作を行う神経コントロールが必要です。フレキシビリティ(柔軟性)には大きな筋力や特別な神経コントロール能力は求められません。
どちらも必要なトレーニングを継続的に実践しないと、モビリティ(可動性)とフレキシビリティ(柔軟性)の両方が損なわれ、パフォーマンスの低下だけでなく痛みや怪我、機能制限が生じるリスクが高まります。加齢が一般的な理由である可能性もありますが、怪我や不十分な運動も原因となることがあります。ウェイトトレーニングや有酸素運動を定期的に行うことは全体的な運動パフォーマンスや健康的生活の維持にはプラスですが、モビリティ(可動性)とフレキシビリティ(柔軟性)を向上させるトレーニングも重要です。
モビリティ(可動性)やフレキシビリティ(柔軟性)の欠如は、身体全体の運動能力を妨げることにつながります。適切な動作でスクワットを行ったり、ボールをキャッチしたりスローイングしたり、正しいランニングフォームを維持するためには、モビリティ(可動性)やフレキシビリティ(柔軟性)の両方が必要です。
モビリティ(可動性)が重要な部位とは
特に怪我予防やスポーツパフォーマンス向上のためにモビリティ(可動性)パフォーマンスを高めるのであれば、参考にする概念があります。「ジョイント・バイ・ジョイント理論(Joint-By-Joint Theory)」です。理学療法士のグレイ・クック氏とストレングスコーチのマイク・ボイル氏によって提唱されたもので、機能的に運動に関与する関節は安定性を重視した「ステーブルジョイント(Stable Joint)」と可動性が重要視される「モバイルジョイント(Mobile Joint)」に分類できる、というものです。
モバイルジョイントは複数の運動面(前額面・矢状面・横断面)で動きます。多面的な動作をすることが出来るので、高いレベルのモビリティ(可動性)が求められるのが、モバイルジョイントの特徴です。モバイルジョイントのモビリティ(可動性)が低いとステーブルジョイントが代償動作を起こしやすくなり、関係する関節や筋肉群の怪我の発生率が高まる可能性があります。
ステーブルジョイントは主に1つの面で動きます。全く動かさない訳ではなく、モバイルジョイントがスムーズに動作出来るように、運動全体の安定化の役割を果たします。ステーブルジョイントが不要な可動をしてしまうと、動作全体の安定性が低下し、動作精度の低下や怪我の発生に繋がってしまいます。
モバイルジョイント
・足関節
・股関節
・胸椎
・肩関節
・手関節
ステーブルジョイント
・足
・膝関節
・腰椎
・頸椎
・肩甲骨
・肘関節
・手
フレキシビリティ(柔軟性)とモビリティ(可動性)を向上させる方法
フレキシビリティ(柔軟性)の向上
フレキシビリティ(柔軟性)を高めるエクササイズは通常は静的ストレッチ(スタティックストレッチ)で向上できます。静的ストレッチ(スタティックストレッチ)により、特定の筋肉または筋肉群の長さと弾力性を高めることが出来ます。
その他には、柔軟体操やヨガ、セルフ筋膜リリース (SMR)が有効です。フォームローラー(ストレッチポール)やトリガーポイントボール、リリースガンなどは、筋肉の緊張を軽減し、柔軟性を向上させます。一定時間特定の筋肉に圧力を加えると、身体内の受容体が反応して筋肉の収縮を抑制し、筋肉の緊張を和らげます。
モビリティ(可動性)の向上
モビリティ(可動性)とフレキシビリティ(柔軟性)は密接に関連していますが、モビリティ(可動性)エクササイズはフレキシビリティ(柔軟性)エクササイズとは異なり、より動的なものになります。
手軽に出来るモビリティ(可動性)エクササイズは動的ストレッチ(ダイナミックストレッチ)です。動的ストレッチ(ダイナミックストレッチ)は動きのパターン、関節の可動性、機能的能力を強化することが出来ます。複数の筋肉群、関節、結合組織を働かせることで、全体的な動きの効率化と調整能力を向上させることを目的としています。
また女性や高齢者には、同時に筋力トレーニング(ストレッチ&コンパウンド種目)やピラティス、ファンクショナルトレーニングなど、筋力を高めたり姿勢保持に役立つローカル筋群を活性化することで、動作の可動性をより高めることが出来ます。
まとめ
フレキシビリティ(柔軟性)とモビリティ(可動性)の違いについて、理解していただけたと思います。静的ストレッチを日々のエクササイズルーティンに取り入れている方は非常に多いと思いますが、フレキシビリティ(柔軟性)とモビリティ(可動性)、2つの関係性を理解し、個々の必要性に応じて日々のトレーニングの中に取り入れてみてください。さらに、筋力が向上するとモビリティ(可動性)は通常自然に向上することを覚えておいてください。
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参照エビデンス
Examining the Influence of Warm-Up Static and Dynamic Stretching, as well as Post-Activation Potentiation Effects, on the Acute Enhancement of Gymnastic Performance: A Systematic Review with Meta-Analysis 2024
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38455430/
Heritability of lumbar flexibility and the role of disc degeneration and body weight 2008
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18048587/
Flexibility of older adults aged 55-86 years and the influence of physical activity 2013
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23862064/
Evaluation of ligament laxity during pregnancy 2019
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30794956/
Age-related mobility loss is joint-specific: an analysis from 6,000 Flexitest results 2013
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23529505/
Dynamic Stretching Has Sustained Effects on Range of Motion and Passive Stiffness of the Hamstring Muscles 2019
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30787647/
Immediate effect of passive and active stretching on hamstrings flexibility: a single-blinded randomized control trial 2015
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26644667/
The Interaction between Mobility Status and Exercise Specificity in Older Adults 2021
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33044331/
Effects of Exercise Training on Muscle Quality in Older Individuals: A Systematic Scoping Review with Meta-Analyses 2023
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37278947/
Prediction and injury risk based on movement patterns and flexibility in a 6-month prospective study among physically active adults 2021
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34046260/
The effect of hamstring flexibility on peak hamstring muscle strain in sprinting 2017
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30356628/
Association between static stretching load and changes in the flexibility of the hamstrings 2021
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34741110/
Impact of 10-weeks of yoga practice on flexibility and balance of college athletes 2016
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26865768/
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