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なぜスキーヤーは特別な栄養補給が必要なのか?
スキーは寒冷環境(気温が低い環境)での運動という特殊な条件下で行うスポーツです。Scientific Reports誌に掲載された最新の研究(”High daily energy expenditure of Tuvan nomadic pastoralists living in an extreme cold environment”, 2022, Adam J. Sellers他)では、氷点下の環境で活動する人々の総エネルギー消費量は、通常環境で予測される値より17%も高いことが報告されています。
これは、スキーをする際に私たちの身体には「運動のためのエネルギー」と「寒さから身体を守るためのエネルギー」の2つが必要になるためです。特に寒冷環境下では、体温を維持するために筋肉の熱産生(シバリング:震えによる熱産生)が活発になります。このとき、身体は主にすぐにエネルギーとして使える炭水化物(糖質)を優先的に使用します。
つまり、スキーヤーは通常のスポーツよりも多くのエネルギーを消費し、特に炭水化物(糖質)の需要が高まります。寒冷環境での運動に対応するために、身体は効率的にエネルギーを生み出せる炭水化物を優先的に選択するのです。この特徴を理解し、適切な栄養補給を行わないと、疲労の蓄積や運動能力の低下を招く可能性があります。
疲労回復を加速させる3つの栄養素とそのタイミング
スキーという高強度運動後の疲労回復には、3つの重要な栄養素(炭水化物、タンパク質、抗酸化物質)を適切なタイミングで摂取することが重要です。International Society of Sports Nutrition(ISSN:国際スポーツ栄養学会)のガイドラインによると、運動後の栄養摂取のタイミングは、パフォーマンスの回復と筋肉の修復に大きな影響を与えます。
炭水化物の摂取タイミングと量
スキー終了後30分以内に体重1kgあたり1.0-1.2gの炭水化物を摂取することで、消費されたエネルギーを効率的に補充できます。具体的には、70kgの人であれば70-84gの炭水化物を摂取する必要があります。これは、おにぎり3個分、または食パン3枚分に相当します。さらに、その後2-3時間おきに同様の量を摂取することで、24時間以内に筋グリコーゲン(筋肉内の糖質)を完全に回復させることができます。
タンパク質の摂取タイミングと量
スキー後のタンパク質摂取は、筋肉の修復と回復に重要です。運動後2時間以内に体重1kgあたり0.3gのタンパク質摂取が推奨されています。70kgの人であれば約20gのタンパク質が必要となります。これは、鶏むね肉100g、または卵3個分に相当します。また、運動後から就寝までの間、3-4時間おきにタンパク質を20-40g摂取することで、筋タンパク質合成を最大限に高めることができます。
抗酸化物質の摂取
論文(”Nutrient Therapy for the Improvement of Fatigue Symptoms”, 2023, Michael Barnish他)によると、運動による酸化ストレスから身体を守るために、以下の栄養素の摂取が効果的です:
- ビタミンC:運動後の筋肉痛を軽減し、免疫機能を高めます
- ビタミンB群:エネルギー代謝を促進し、疲労回復を早めます
- コエンザイムQ10:細胞のエネルギー産生を助け、筋肉の疲労回復を促進します
実践的な食事例
スキー終了直後(30分以内)
- エネルギー補給ドリンク(炭水化物)とプロテインドリンク(タンパク質)の組み合わせ
- または、おにぎりと茹で卵の組み合わせ
スキー終了2-3時間後
- 温かい食事(うどんや蕎麦)+タンパク質源(卵、肉、魚など)
- ビタミン類を含む野菜や果物
就寝前
- カゼイン系のプロテイン、または低脂肪乳製品
- 抗酸化物質を含むフルーツ
これらの栄養素を適切なタイミングで摂取することは、翌日のパフォーマンス維持と怪我の予防に重要な役割を果たします。また、高地や寒冷環境でのスキーは通常よりも15-20%多くのエネルギーを消費するため、十分な栄養補給が必要不可欠です。なお、これらの摂取量やタイミングは、その日の運動強度や時間、個人の体格や体調によって調整する必要があります。
実践的!スキー場でも取り入れやすい疲労回復メニュー
スキー場のレストランやホテルで賢く食事を選ぶことで、疲労回復とパフォーマンス向上が期待できます。国際スポーツ栄養学会(ISSN)のガイドラインでは、運動後の栄養補給には糖質・タンパク質・水分をバランスよく摂ることが推奨されています。
スキー場ではメニューが限られがちですが、低GIの炭水化物や良質なタンパク質、ビタミンやミネラルを豊富に含む食品を意識することで、スキー後の体力回復を効率的にサポートできます。
スキー場での疲労回復メニュー5選
うどんまたはそば + 温泉卵 + おひたし
- 糖質補給:うどんやそばの炭水化物でエネルギーをチャージ。そばは特に低GI食品で持続的なエネルギー供給に優れています。
- タンパク質:温泉卵やゆで卵から手軽に良質なタンパク質が摂取可能。
- ビタミン類:おひたしでビタミンや鉄分を補給。
- 実践ポイント:温泉卵がない場合、茹で卵や生卵を追加するのもおすすめ。そばのつゆを薄めて水分補給も兼ねましょう。
カレーライス(玄米や雑穀米使用) + グリルチキン + サラダ
- 糖質補給:玄米や雑穀米を選ぶことで低GIを意識し、持続的なエネルギーを供給。
- タンパク質:カレーに鶏肉や卵をトッピングして不足しがちなタンパク質を追加。
- ビタミン・ミネラル:サラダで不足しがちな野菜を補充。
- 実践ポイント:「大盛り」を避け、適量を選ぶことで消化を助けます。ドレッシングは控えめにし、レモンやオリーブオイルがおすすめ。
具だくさんの味噌ラーメン + サラダ
- 糖質・水分補給:麺類でエネルギーを補い、味噌スープで水分と塩分を補給。
- タンパク質:チャーシューやゆで卵で必要量を補給。
- ミネラル:味噌に含まれる発酵食品の栄養とスープの野菜からミネラルを摂取。
- 実践ポイント:麺類を半分にするなど、食べ過ぎ防止も考慮しましょう。
具だくさんのおにぎり + 味噌汁 + 野菜のお漬物
- 糖質補給:白米や雑穀米のおにぎりで手軽にエネルギーをチャージ。
- 水分・ミネラル:味噌汁で塩分と水分を補給。
- 発酵食品のメリット:漬物や味噌汁で腸内環境を整える。
- 実践ポイント:具材は鮭や昆布、梅干しなど塩分を含むものを選びましょう。
フルーツヨーグルト + ナッツバー + ホットドリンク
- 糖質補給:フルーツやナッツバーで手軽にエネルギーを補給。
- タンパク質:ヨーグルトでタンパク質とカルシウムを補充。
- 抗酸化作用:フルーツに含まれるビタミンCで免疫力をサポート。
実践ポイント:
ホットドリンクで体を温めるとともに、水分補給を忘れずに。甘酒もおすすめ。
補足ポイント
- スキー中は高カロリーになりやすい食事が多いため、食べる量や脂質量に注意しましょう。
- 飲料は水やスポーツドリンクで水分補給を行い、甘味料の多い飲み物は控えめに。
午後のスナッキング
バナナチップス+温かい飲み物
- なぜ良いのか:バナナからはエネルギー源となる糖質と疲労回復に効果的なカリウムが摂取できます。バナナそのままでも良いですが、ドライフルーツのバナナだと持ち運びに便利です。
- 実践ポイント:ホットミルクや温かい緑茶を組み合わせるとより効果的。
おにぎり+みかん
- なぜ良いのか:おにぎりから手軽に炭水化物を、みかんからビタミンCを補給できます。
- 実践ポイント:具材入りのおにぎりを選ぶことで、タンパク質も摂取できます。
夕食での選び方
ホテルの夕食では以下のような組み合わせを意識しましょう:
メイン料理を賢く選ぶ
- 肉または魚料理を基本に選択(タンパク質源として)
- 付け合わせの野菜もしっかり摂取
- できれば温かいスープも一緒に注文
追加メニューの工夫
- ご飯やパンは必ず摂取(炭水化物の補給として)
- サラダビュッフェがある場合は、積極的に利用
- デザートは果物を選択(ビタミン補給として)
実践的なポイント
スキー場では冷えた体を温めることも重要なので、なるべく温かい食事を選びましょう。
食事の時間が不規則になりがちなので、バナナチップスやエネルギーバーなどの携帯しやすい補食を持ち歩くことをお勧めします。
水分補給は忘れがちですが、定期的に行うことが重要です。
このように、スキー場でも工夫次第で効果的な栄養補給が可能です。スキーの前後にこれらの食事プランを意識的に取り入れることで、より効果的な疲労回復が期待できます。なお、体調や運動強度によって必要な栄養素は変わってきますので、体調と相談しながら調整してください。
寒冷環境下での水分補給の重要性と方法
スキーヤーにとって、適切な水分補給は非常に重要です。特に寒冷環境下では、のどの渇きを感じにくく、知らず知らずのうちに脱水状態に陥りやすいことが研究で明らかになっています(”Hydration Status in Adolescent Alpine Skiers During a Training Camp”, Aerenhouts他, 2021)。
なぜ寒冷環境で脱水しやすいのか
まずは、寒冷環境での呼吸による水分損失の増加があります。外気はかなり乾燥しているため、運動による呼吸数の増加と共に呼気から水分が失われます。
そして、「寒さによる尿量の増加」もあります。ゲレンデで滑っているとすぐにトイレに行くことが難しいため、水分摂取を控えがちになります。また、「のどの渇きを感じにくい」というのも、寒冷環境で脱水しやすい一因になっています。
脱水が及ぼす影響
研究によると、体重のわずか1%以上の水分が失われただけでも、私たちの身体には様々な悪影響が現れ始めることが分かっています。
まず、筋肉に蓄えられているグリコーゲンの消費が通常より増加してしまいます。これに伴い、全身に疲労感が強く表れるようになります。また、日常生活やスポーツ活動において重要な集中力も著しく低下することが確認されています。さらに、運動後の筋肉の回復能力も低下するため、パフォーマンスの維持が難しくなります。
このように、適切な水分補給を怠ると、身体機能に幅広い悪影響が及ぶことが科学的に示されています。
適切な水分補給のタイミングと量
スキー滑走での疲労度を最小限に抑えるためにも、摂取タイミングを考慮した適切な水分補給が重要となります。
スキー前(朝食時)
- 500mlの水分を摂取
- カフェインを含む飲み物は控えめに
スキー中
- 2-3本滑ったら(もしくは15-20分おきに)100-150mlの水分を摂取
- 2-3時間のスキーで平均400-600mlの水分損失があることを意識
スキー後
- 失った体重の1.5倍の水分を1時間以内に補給
- 例:1kgの体重減少があった場合、1.5Lの水分を摂取
実践的な水分補給方法
研究(”Hydration Packs Modify Professional Skiers Hydration Levels in All Day Skiing”)によると、ハイドレーションパックを使用したスキーヤーは、使用しないスキーヤーと比べて0.4%も水分レベルが高く維持されていました。以下の方法を実践することをお勧めします
携帯方法の工夫
- ハイドレーションパックの使用(常にバックパックなどを背負って滑る方にオススメ)
- 凍結防止のため、保温機能の水筒の活用
- ポケットサイズの飲み物を携帯(120-180mlの真空断熱ポケットマグなどもオススメ)
飲み物の選択
- 常温か少し温かめの飲み物を選択
- スポーツドリンクと水を1:1で混ぜて使用
水分補給のタイミング
- リフトに乗る際に必ず一口
- 休憩時にこまめに補給
- 食事の際には必ず飲み物を注文
寒冷環境でのスキーは、適切な水分補給が重要です。外気温が低いため、通常の飲み物は凍ってしまう可能性があります。そのため、保温機能のある水筒やマグボトルの使用をお勧めします。
水分補給の際は、飲み物の種類にも注意が必要です。コーヒーや紅茶などのカフェイン含有飲料は利尿作用があるため、控えめにしましょう。また、アルコールは体内の水分を奪う効果があるため、スキー中の摂取は避けるべきです。
自身の水分状態を把握する簡単な方法として、尿の色を確認することができます。尿の色が濃くなっている場合は、すでに体が水分不足の状態にあるサインですので、早めに水分を補給するようにしましょう。
適切な水分補給は、スキーヤーのパフォーマンス維持と安全な滑走に直結します。特に寒冷環境では体が発する喉の渇きのサインを感じにくいため、意識的な水分補給を心がけることが重要です。
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参照エビデンス
Rates of energy substrates utilization during human cold exposure
https://link.springer.com/article/10.1007/BF02332221
High daily energy expenditure of Tuvan nomadic pastoralists living in an extreme cold environment
https://www.nature.com/articles/s41598-022-23975-3
Nutrition and Muscle Recovery
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7909540/
International Society of Sports Nutrition position stand: Nutrient timing
https://jissn.biomedcentral.com/articles/10.1186/1550-2783-5-17
Nutrient Therapy for the Improvement of Fatigue Symptoms
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37432282/
International society of sports nutrition position stand: nutrient timing
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5596471/
Hydration Packs Modify Professional Skiers Hydration Levels in All Day Skiing: A Randomized Controlled Trial
https://www.astm.org/stp49268s.html
Hydration Status in Adolescent Alpine Skiers During a Training Camp
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8336538/
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